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Asta の日記 DAY 36「THE日本」

 6月10日の朝早起きして、1時間以上の散歩に出かけました。途中から雨が降ってきて、目的にしていた底土港にたどり着かず、服が濡れたまま家に帰ってきました。天気予報を確認せず出かけたので、しょうがないことでしたが、このまま楽しみにしていた9時から始まる田んぼまつりは延期になると思って何かをする元気がなくなっていました。その元気を取り戻したのは防災無線の田んぼまつり(田植え)は予定通りに行うというお知らせでした。


 私にとって田植えは「THE日本」の一つです。日本中で田んぼを見かけ、お米がスーパーで販売され、多くの人の食事になっています。リトアニア人もお米を食べますが、ほとんどは輸入され、私はリトアニアで田んぼを見たことありません。お米の育て方もよく分からなくて、防災無線のニュースを聞いたら「よっしゃー!THE日本【田植え】を体験しよう!」と思いました。


 会場に来てすぐ気づいたことがありました。普通のお祭りだとお客さんが中心にならなくても、雰囲気を楽しめればいいのですが、田んぼまつりの面白い点はお客さんがお祭りの主役になって、自らお祭りを行うことです。開会の挨拶を聞いてから、まず皆さんが田んぼに入りました。裸足で田んぼの中に入ったとたん足が沈み、ぬちょぬちょしてビックリしました。底が見えなくて、何を踏んでいるか分からなくて、不安でした。隣の人が「大丈夫大丈夫、安全だよ、ゆっくり歩いて」と応援してくれたおかげで新しい感覚に慣れようとしました。全員が田んぼの中に入ったら、約60人が1列に並び、田んぼの両側にいるスタッフが縄を張りました。縄に沿って合図に合わせて苗を植えてから一歩さがって、同じ作業を繰り返しました。7回ぐらいしたら、ワクワクが落ち着いてきて、飽き始める子供もいました。幼児の気持ちを私もよく分かって、やることが簡単とはいえ、皆でペースを合わせて作業するのは思った以上時間がかかっていました。私は作業と作業の合間に隣の仲間と話したり、田んぼを眺めたり、自然を楽しむことで時間を楽しく過ごそうとしました。

 諦めず頑張って作業をしたら、1時間半で田植えを終えることができました。手足の泥を近くの水道で洗ってからよく頑張った祝いに参加者に配られていた新鮮な八丈島産ジャガイモを食べに行きました。味はリトアニアのジャガイモにそっくり、めっちゃくちゃ美味しかったです!そして芋をバターで食べることが好きな私はたくさんの人がマヨネーズを付けてジャガイモを食べる姿に驚きました。

 この新しい発見と「THE日本」の田植えができたことは、より深く日本の文化を知るきっかけになりました。苗は育ていくところを見守ってあげないとですね。

Asta の日記 DAY 35「人を繋ぐジャガイモ」

 リトアニアでは畑を持っている人が多くて、私もリトアニアにいた時に家の畑でジャガイモ、トマト、キュウリ、イチゴなどの野菜や果物を家族で育てていました。八丈島に来てからそれができなくなり、代わりに野生の明日葉、あびの実(クサイチゴ)、タコウナ(タケノコ)を集めることを楽しんでいます。しかし、数週間前、友達の畑で久しぶりの畑仕事に参加させてもらいました!

 今までは島民の人と何回かジャガイモの話をしたことがあります。どうやら、リトアニア人も島の人もジャガイモが好きで、育ている人が多いようです。私もジャガイモが好きだという話になったら、皆さんが自分の畑で取れたジャガイモを私にもおすそ分けしてくれたことがありました。貴重なジャガイモと共に皆さんの優しさを頂き、代わりに私も皆さんの力になりたくて、「次の収穫の時、私にも手伝わせてください」と積極的に言っていました。そうしたら5月末にジャガイモ堀りに誘われました!


 ある日曜日の朝坂上に向かい、約束の畑に着きました。ジャガイモのエリアに近づいたら、私の目にある看板が入ってきました。そこに「この列はアスタ予約済みです」と英語とリトアニア語で書いてありました!

 そこまでおもてなしをしてくれたことに感動して、ハイテンションで作業を始めました。最初は手袋、長靴に足カバー、そして蚊取り線香の装備を身に付けました。手袋と長靴は畑仕事に違和感のないものでしたが、土が靴の中に入らないようにするカバーと蚊取り線香はリトアニアで使ったことがなくて新しい経験でした。その後作業が始まり、土の中に手を入れてジャガイモを探すことが懐かしかったです。小っちゃい芋まで容器に入れているところを見られたら、大きいジャガイモだけ取っていいよと気を使われました。しかし、「小っちゃいジャガイモは一番美味しい」とよくおばあちゃんに言われてきたことを友達に伝えたら、笑いながら「あなたのおばあちゃんはよく知っているね」と言いました。その調子で1時間もかからず2人で予約されていた列を掘り終わりました。結果は27キロもジャガイモを掘りました!


 私は1列の収穫だけに参加しましたが、それまで数ヶ月間かかる芋を育てる作業もあり、10年間以上畑を培っている友達に畑は疲れないですかと聞いたら、もちろん大変だという答えを聞きました。しかし、頑張って育てた野菜を食べるとまた作りたい気持ちになり、他人と分け合うことも幸せだと答えました。

 27キロのジャガイモは私へプレゼントになったのでまた私がおすそ分けして、芋がくれる小さな幸せを他の人にもシェアしました。残りの量で色々なジャガイモの料理を作って、楽しんでいます!次に作ってみたい料理は飛行船の形をした、肉包みが入っているジャガイモで作った団子 、いわゆるCepelinai (ツェペリナイ)です!八丈島のお店でよく食べられる島寿司の様にリトアニア料理のお店でよく食べられる料理です。八丈島でも作られるか、やってみたいと思います!

Asta の日記 DAY 34「【島じまん2023】アスタの裏話」

 今年5年ぶりに東京の竹芝で「島じまん2023」、東京の島々のイベントがありました。私もミス八丈島として八丈島の皆さんと一緒に参加することになって、私の3日間がどうだったか振り返ってみましょう~

5月12日(金)準備の日

 東京の浜松町に着いたら街の雰囲気がいつもと違いました。なぜかというとホテルに向かう途中の道は青い「島じまん」のTシャツを着ている人が多く、町のコウリマナニエ(フラダンサー)と漁協女性部の皆さんもいたりと、まるで八丈島にいるかのように感じました。

 私はイベントが始まる1日前に東京に来て、ホテルにチェックインしてから、竹芝客船ターミナルの広場に向かって各町村長と島じまんキャラバンメンバー(各島から選ばれた代表)と一緒にイベントの開会式のリハーサルに参加しました。初めて集まるメンバーなのに、気軽に打ち解けて、皆さんはお祭の気持ちになっていました。

 リハーサルが終わり、その他スタッフ皆で一緒に居酒屋で晩ご飯を食べることになりました。皆でお酒とご飯を食べながらお話するのは楽しかったです。皆さんが当たり前のように何杯もお酒を飲むことは非常に面白くて、お酒が本当に好きなんだなと思いました。

5月13日(土)島じまんDAY1

 次の日は6時に起きて、髪の毛、メイクの準備をし、黄八丈を着るのに2時間かかりました。島を出る前に鼻の調子が悪くて、ティッシュ、薬、水を黄八丈の巾着袋に入れて、イベントに行きました。

 八丈町長の開会宣言で「島じまん2023」が始まりました。私は明日葉飴と島案内チラシを持って、島寿司を買うために並んでいる人たちと交流しました。話を聞いたら、半数の人は八丈島と繋がりがあって島について知っていました。残り半数はまだ行ったことはないが、興味を持っている人でした。どちらも会話によって待ち時間が減り、楽しい交流ができました。

 午後にはイベントに参加していない人にもイベントの様子を伝えるためにミス八丈島(miss8jojima_official)のインスタグラム用の写真を撮りに今年新しくできた特産品と体験ブースがある第2会場に行きました。八丈島の黄八丈織物とハワイアンレイメイキング体験の行列に並びました。

 特産品が販売されているエリアにも大勢の人がいて、各島のブースが賑わっていました。私は青ヶ島と小笠原諸島のブースが特にセンスがいいと思ったのと、他には三宅島のオレンジ色の旗に目を引かれました。会場では、お客さんだけではなく、島民同士でお話したり、新しい関係を結んだりする人々がたくさんいました。私も他の島の皆さんと話して、お互いの特産品、日常生活について学ぶ機会になりました。

 1日目はあっという間に終わって、夜は大島と神津島の友達とご飯食べる予定がありました。しかし、集合場所に向かう途中鼻をかんだらとんでもない鼻血が出ました。わぁ~何でこんな時にと思いながら、隣のビルのお手洗いに避難して、40分間鼻血を止めようとしました。血が服にも落ちて、大変なことになっていました。食事会には参加できずホテルで休もうとしたら、部屋に戻ってすぐラウンド2が始まって、敏感な鼻の対応をしなければなりませんでした…

5月14日(日)島じまんDAY2

 2日目は黄八丈ではなく、「八丈太鼓」の法被を着て島寿司に並んでいる人たちと交流しました。前日と違い、話しかけてくる人が少なかったので、黄八丈とミス八丈島のタスキがないと誰かよくわからないのかと少し悩みました。しかし、時間の経過とともに「ミス八丈島ですね?」と声をかけてくれる人もいて嬉しかったです。考えてみれば、むしろ、法被を着ている女性がミス八丈島だと推測できる人がすごいと思いました。私の知名度も少し上がっているのでしょうか?

 午後はまた黄八丈に着替えて島じまんの最後のパフォーマンス、八丈太鼓が行われている間に閉会式のためもう一度各町村長とキャラバンメンバ―で舞台裏に集まりました。立つ位置を確認して、終わりのスピーチは八丈町長が任されました。本人はそのニュースが初耳で、町長の不幸は皆さんの笑いネタになりました。数分後誤解が溶けて、もともとスピーチをする予定だった新島村長が予定通りに最後の言葉でステージを締めました。

 「島じまん2023」は雨と曇り予報でどうなるかという心配もありましたが、2日間の間に 10万以上の人が集まって、様々な形で伊豆諸島、小笠原諸島の島に触れ合うことができたと思います。私は楽しくて、貴重な思い出たくさんできて、ちょっとアクシデントもありましたが、他の島民に会えたこと、様々な島の魅力を知ったこと、八丈島の話を色々な人とできたことは参加して良かったと思います。思い出がいっぱい「島じまん2023」の日記はこれで終わりです!

Asta の日記 DAY 33「日本の旅行で困りごと」

 私は旅行が大好きです。人々の生活や自然を見たり、地元の食べ物を食べて、今まで知らなかった所に行くとたくさんの新しい発見ができます。色々な恵みが多い日本にも興味があって、各都道府県を訪ねる夢があります。しかし、日本国内旅行に行く時に毎回苦労することがあります。

今まで行ったことがある都道府県

 私は旅行する時具体的なスケジュールを決めずに、行先と、絶対に行きたいポイントだけを決めて、そのほかは気分に合わせて行動するようにしています。今まで宿泊先はクレジットカードとスマートフォンがあるので、すぐ見つけることができ、特に困ったこともありませんでした。しかし、同じやり方で日本で旅をしたら、リトアニアから持ってきたマスターカードのクレジットカードが一部でしか使えなくて非常に困りました。東京で夜、ベンチで1時間以上ホテルを探し続けたこともあります。それ以来、電話で事前に予約を取ることにしました。けれども毎回電話で予約を取って、現地に行って、現金で払うことはとても疲れる作業に感じます。1年以上我慢していましたが、いよいよ日本のクレジットカードを作ることを決めました。

 実は今までも何回もクレジットカードを作ろうとしたことがありましたが、毎回エラーになり、ネットで理由を調べても難しい日本語でよく分からず、壁にぶつかりました。クレジットカード作りを辞めようと思いましたが、作戦を変えて、友達と共に再チャレンジしました。2週間かけて、一つひとつエラーの原因をクリアして、やっと申し込みができました!

 現在は審査の結果と、家にカードが届くのを待っています。カードが無事に届いたら次は友達が住んでいる愛知県に行きたいと思います。そしてオンラインショッピングもできるようになるから、ビーツを取り寄せて、リトアニアの夏料理、シャルティバルシチェイ(šaltibarščiai )を作ってお祝いします!

くらしの法律税金相談会・法律教室開催(5/19)

弁護士・司法書士・税理士・土地家屋調査士などの法律関係者のボランティア「NPO 法人司法過疎サポートネットワーク」の主催により、「くらしの法律税金相談会」が開催されます。
法律の専門家が無料で相談に応じます。ぜひこの機会をご利用ください。

◎無料相談(法律・登記・税金など)

「相続問題で親戚とトラブルになっている」、「子供に財産を譲ろうと思っている」、「土地や建物の登記のことで相談したいことがある」、「相続税のことや確定申告のことで気になることがある」などの相談に弁護士・司法書士・税理士・土地家屋調査士などが応じます。

【相談日時・場所】
5月19 日(金)午前10時~午後4時 三根公民館(和室・会議室)
※相談に必要な資料などをご持参ください。

◎法律教室「遺言について」

【相談日時・場所】
5月19日(金)午後4時~5時 三根公民館(会議室)
【テーマ】
遺言について
・「何のために遺言をするのか」
・「遺言がないときは、どうなるのか」
・「遺言には、どのような種類があるのか」など

実施機関

NPO 法人司法過疎サポートネットワーク 担当:小海(こかい)
【予約先電話】 03-5919-3530
※事前予約も受け付けていますが、予約なしでも相談できますので、お気軽にお越しください。また、ご自宅などでも相談できます。

【問い合わせ】
企画財政課企画情報係  電話 2-1120

Asta の日記 DAY 32「世界で一番おいしい?!【ASTAオリジナルフライパンりんごケーキ】」

 リンゴはリトアニア人に大変愛されている果物です。国中の人が自分の土地でりんごを育てて、夏と秋、収穫の時期になったら、毎日リンゴを食べる人が多いです。食べきれない分は加工され、りんごジュース、りんごチーズや季節の大人気なりんごケーキになります。私も家で焼いたリンゴケーキを家族と友達で食べることが大好きでした。

 八丈島に来て、島の人がリトアニア人ほどリンゴを食べなさそうなイメージがしました。販売されているリンゴは1キロ袋ではなく、1個単位で置いてあります。そして八丈島のリンゴの値段はリトアニアのリンゴより5倍高いです!最初は値段を見てショックを受けて、リンゴをあまり買わないようにしましたが、好きな食べ物を食べないのが辛くって、りんごは好きなだけ食べると決めました。 

 しかし、りんごを食べることに関して一番大きな困りごとは私の家にオーブンがなく、りんごケーキが作れないことでした。ぼほ毎週リトアニアで焼いていたリンゴケーキがどんどん恋しくなって、島でも食べたくなりました。何か方法がないかずっと考えていましたが、オーブンを買うとこまではいきませんでした。そして、ある日パンケーキを作りながらアイデアが浮かびました。パンケーキはケーキとほとんど同じ材料で出来ていて、焼き方だけ違うのではありませんか?でしたら、りんごケーキをパンケーキのように、フライパンで焼いたらどうなるのでしょうか?材料を買って、【ASTAオリジナルフライパンりんごケーキ】実験を始めました!

 出来上がったリンゴケーキは非常に美味しくて、見た目もフライパンで作ったと思わないぐらい綺麗でした。途中でパンケーキみたいに生地をひっくり返すのは難しかったですが、フライパン2個を持っていたおかげで、新しいフライパンに移して裏返せました。味は今まで私が作ったリンゴケーキの中で一番美味しいりんごケーキでした。そしてリンゴケーキを八丈島でもいつでも食べれるようになって非常に嬉しかったです。これからも機会に合わせてたくさん作ろうと思いますので、【ASTAオリジナルフライパンりんごケーキ】を食べてみたい人は是非教えてください!

 

 

Asta の日記 DAY 31「火曜は大賀郷中学校へ」

 令和4年度は交流活動を目的に計26回大賀郷中学校に訪問しました。生徒に国際理解を深め、グローバルな視点を持ってもらうため、リトアニアの体験をさせたいという大賀郷中学校の依頼を受け、毎週火曜日の昼休みに学校に行き生徒と交流しました。

 昼休みはリトアニアの伝統的なダンスを踊ったり、お話したり、それぞれが好きなことについてお互いに発表しあったほか、日本とリトアニアゲームやリトアニアと八丈方言のクイズなどをしました。昼休みの間は学校の全員が参加できますが、リトアニアを研究テーマにしたグループとは大中ラボの時間に交流することもありました。より深くリトアニア文化に触れ、リトアニアのお菓子Tinginys(ティンギニース)を作ったり、リトアニアの生徒とオンライン交流もしました!最初はお互いの言語で挨拶して、両者が緊張していましたが、話せば話すほど色々な気になる話題、質問について意見を交わしました。リトアニアの学校は今後も大賀郷中学校と交流したいという声もありました!

 しかし、新しい経験したのは子供だけではなく、私もでした。この活動の中で「給食」は最もビックリしたテーマです!

「生徒が教室で食べること」ー リトアニアでは「教室の中で食べない」というルールがあって、給食を学食で食べることが一般です。私は小学生から高校生までずっと学食で食べてきました。

「先生が生徒と一緒に食べることー 12年間の学校生活の中では私は一回も先生と一緒に食事を食べることがありませんでした。基本的に先生と生徒が別々で食べると考えられ、逆に学食で生徒と先生が同じ空間で食べていたら、違和感があります。だから、先生も生徒も同じ教室で食べている大賀郷中学校の皆さんは非常に新鮮で、興味深い例です。

「生徒が静かに食べることー 同じ教室で静かに食事を食べている中学生を私は見たことが無くて、驚きました。初めて教室に入った時、皆は私を見て緊張して静かになったかと思って、自分まで緊張してしまいましたが、あとから「コロナだから静かに食べることになっている」という説明を聞きました。

「食べ終わったら歯磨きをすること」ー 食事後、いきなり一気に教室を去った生徒がどこに行くかと思ったら、まさか、シンクで集まって歯磨きしていました。リトアニアでは歯磨きはとてもプライベートで家でするものだと思われていて、職場も学校も歯磨きする人を見かけません。けれども、歯磨きした後のスッキリした中学生の姿を見て、そういう習慣がリトアニアの学校にもあれば良かったと思いました。

 火曜日の昼休みの交流はいつも楽しくて、リトアニアの文化を伝えること、また私が日本の学校生活を体験できることもとても貴重で、大好きな時間です。令和5年度、7月まで続く訪問も楽しみです!

Asta の日記 DAY 30「3月の海に挑戦した!」

 3月7日、温度:17℃、水温:19℃、時間:17時45分

アスタが海に入りました。

 この出来事はリトアニアの夏を思い出すほど暖かい春の日で始まりました。天気にインスパイアされ、せっかくだから当日にあった大賀郷中学校への定期的な訪問では「海」について話すことにしました。

 私は初めて2年前、10月上旬八丈島の海を見た印象で話を始めました:「どうして気温も水温も泳ぐに絶好な日なのに泳いでいる人がいませんか?」。てっきりこの時期に八丈島の海には危ない動物がいると思ってしまって海に近寄りませんでした。けれども、住めば住むほど、「海が危ない」の答えが間違えていたと分かって、本当の答えは私と皆さんの「もう/まだ泳いでいい」の感覚がすれ違っただけと分かりました。

 八丈島の海は、リトアニア人から見ると非常に暖かい海です。リトアニアにある、バルト海は平均的に冬:4℃、夏:20℃となりますが、八丈島の海は冬:19℃、夏:28℃程度です。つまり、八丈島の一番寒い時期の海がリトアニアの一番暖かい時期の海とほぼ一緒です。海が好きで、楽しみたいリトアニア人は基本的に水温が18℃以上になったら、海水浴シーズンがスタートと言います。もちろん、海も気温も寒かったら、さすがに寒くて入りたい気持ちになりませんが、20℃以上の水温は「贅沢」だと思っているリトアニア人が多いです。皆さんが夏の八丈島の海に入ったら、「お茶ほど暖かい」と言いそうです。

 そんな話を生徒たちにしたら、私の中に眠っているリトアニア人が目覚めて「海に行こう!」と言い出してしまいました。従って、昼休み家に帰ってタオル、水着を取って、そして仕事が終わってすぐ底土に向かいました。

 日が沈みかけている満月の底土に着いたら、どれだけ寒くても海に入ると覚悟を決めていました。最初の10秒は体が痺れるほどの懐かしい寒さを感じて、これは一ミリも楽しくないと思いました。しかし、最初はそういうもんだと分かっていて、気合で海に飛び込んで、泳ぎはじめたら非常~~~に気持ち良かったです!子供の気持ちになった私は喜んで、しょっぱい海の水はシュノーケリングを体験した夏を思いだして、元気になりました。

 海を出ったら、風邪をひかないようにすぐタオルを巻いて、車に乗って家で暖かいシャワーを浴びました。底土の泳ぎで体と精神をリフレッシュできて、これからも海に入ろうと思います。

 寒い海が与える楽しさと達成感もいいし、八丈島の海は数十分もずっと海の中でリラックスしながら海を楽しめることもいいと思います。皆さんも北欧の体と精神を鍛える泳ぎ方をやってみたかったら、是非今の八丈島の海に入ってみてください!もちろん、海に入る時には必ず、安全に十分気を付けてくださいね!

Asta の日記 DAY 29「フリージアまつりに向けて」

 フリージアまつりは、八丈島の観光に生かそうと1967年から始まり、今年で57回目、露地で咲き誇る35万株のフリージアとともに八丈太鼓、黄八丈着付け体験などの催し物を楽しめるイベントです

 2月21日~24日の間、ミス八丈島の仕事で、「フリージアまつりキャラバン」に参加しました!フリージアまつりキャラバンは東京都内の様々な場所を訪問して八丈島と「フリージアまつり」をPRするお仕事です。
 フリージアまつりを宣伝するために、関係各所への訪問、3つの新聞の取材、2つのテレビの出演をしました。フリージアまつりキャラバンでどんな経験をしたか紹介したいと思います。

フリージアまつりキャラバンのスケジュール

DAY1
2月21日(火)
  

○東京都島しょ振興公社
○一部事務組合
○東京諸島観光連盟
○東京七島新聞社
○小笠原観光局
○東京モノレール株式会社
○東日本旅客鉄道株式会社 JR浜松町駅
○東海汽船株式会社

DAY2
2月22日(水) 

○ANAあきんど株式会社 東京支店
○ビッグホリデー
○報知新聞東京本社
○中日新聞東京本社

DAY3
2月23日(木) 

○レインボーブリッジ
○東京タワー
○国立競技場
○渋谷
○東京駅
○浅草
○銀座

DAY4
2月24日(金)

○東京観光財団
○NHK首都圏局
○東京メトロポリタンテレビジョン株式会社

 DAY1は訪問が多い1日でした。訪問先に着いたら、皆さんに挨拶して、一足早い八丈島の春「フリージア」の花束を届け、記念写真を撮りました。こんな流れで他の訪問を行いながら、フリージアまつりと八丈島の魅力を伝えていきました。

島嶼会館での集合写真

 DAY2は訪問に加えて、2つの新聞の取材もありました。新聞の取材は初めてだったので、録音機、紙とペンを持っている取材者に少し緊張しました。けれども、取材者もプレッシャーを与えずインタビューを行ってくれたおかげで落ち着いて、取材を受けることができました。

東海汽船 山崎社長への訪問
東京観光財団様への訪問

 DAY3は撮影と都内の名所を巡りました。キャラバンを見にきてくれた東京の人々とも交流できました。フリージアの花束+黄八丈で首都を歩けばたくさんの注目を集めるので、周りの人が興味を持って、お話しに来てくれたり、一緒に写真撮影を求められたりと、ミス八丈島が目立つことは八丈島のPRにつながると強く感じました。

 渋谷では、人の数が一気に拡大して黒色の服を着ている人混みで黄色の着物がさらに目立ちました。あらゆる方向からくる人の視線や自分に向かわれた多数のカメラを感じながら渋谷を歩くのは難しかったが、その分たくさん八丈島をアピールできたのではないかと思います。会いに来て応援してくれた皆さんありがとうございました。

 DAY4は訪問、新聞とテレビの取材がありました。テレビ取材は少し不安もありましたが、実際に大きなカメラのレンズが自分に向かわれたら、アドレナリンが出て、集中力が高まり、うまくフリージアまつりを紹介できたと思います!

テレビの取材を受けました!

 バラいろダンディの生放送は、ゲームのラスボスのような気持ちでした。番組のMCの一人で「温泉で気持ちよく。マナーでさらに気持ちよく。八丈島大使」でもある原田龍二さんにフリージアの花束を渡して一言を話す内容ですが、「生放送」ということで十分ドキドキしました。出番の5分前にスタジオに連れていってもらったら心臓が飛び出てしまうかと思いました。しかし、スタッフの明るい雰囲気と優しい原田さんが気持ちを落ち着かせてくれ、楽しく生放送できました!ありがとうございました。

 夜の10時にホテルに帰ったらこの4日間は色々な人に会えて、たくさんのチャレンジをチームで乗り越えられ東京のフリージアまつりキャラバンが大成功だと思いました。当時の様子をミス八丈島の公式インスタグラム「miss8jojima_official」で発信しているので見てくださいね!さー、明日からはじまるフリージアまつりへ皆さんお待ちしております。皆さん来てね!

Asta の日記 DAY 28「一流ドライバー」

 最近「ドライブは楽しい」と感じるようになりました。晴れた日に車に乗って、スピーカーで音楽を流して、底土、大阪トンネル、南原千畳敷などへ向かうと気持ちが良くなり、ヴァケーションの気分になります。今までは車で移動することは「必要である」、「AからBまでたどり着くための手段」でしたが、その内に目指す目的地がなくても、ぐるぐると島を運転することが楽しく感じてきました。

 リトアニアの生活では車が非常に便利なものです。地下鉄がないリトアニアでは、車、バスや電車が主な移動手段になります。私の場合では高校生になってから20+kmで離れている首都のVilnius(ビィリニュス)に通うことになって、朝-自家用車と夜-路線バスで移動していました。大学生になってから通勤時間を減らすため自分で免許証を取って運転することになりました。けれども、国で交通量が一番忙しいビィリニュスは初心者ドライバーの私にはハードルが高い始まりでした。家を出てすぐ始まる90km/h速度の森林の道路、しばらくして交通標識だらけに変わる道や朝-夜の雑踏…周りに注意しつつ集中力をマックスにして、運転する時音楽さえ聞いていませんでした。数年間賑やかな道を走り続けたら、気が付いたら緊張感が消えつつ、自信もつきました。そのような道路に育てられ、ちょうど「初心者ドライバー」を卒業したと感じた頃、八丈島に行くことになりました。

 来島して、坂や雨の日が多い八丈島にも車が必要と分かりました。私が運転することになった車はリトアニアで見かけない軽自動車でした。その車はオートマチック車で、ハンドルが右側にありました。そして一番大きく感じた違いはクラッチがなかったことです!今まではマニュアル車しか乗ったことがなかったため、ブレーキをクラッチのつもりでよく踏みました。車以外慣れていないことがたくさんあって、標識で書かれている漢字の意味を分からなかったり、リトアニアのルールに従って昼間でも常にライトを付けたり、オートマチック車の「2」と「D」の違いを知らなかったり、車に乗ろうとした時、助手席から入ろうとしたりもしました。

 

 しかし、一番大きな不安を感じたことは日本が左側通行であることでした。リトアニアは右側通行なので、間違って反対車線に入ったら大変なことになると思って、最初の数日間は徒歩で島を回って、頭の中で運転シミュレーションをしました。けれども、実際に車に乗ったら、「あれ?待て、どっちがどっち、日本は右、リトアニアは左?(答:日ー左、リー右)」と頭が完全に混乱し、考えれば考えるほど分からなくなりました。その悩みをお母さんと電話で相談して、日本だと「真ん中の線はドライバー席の右側にあるべき」というルールを作りました。毎回呪文をかけているように「真ん中の線は…」、「…ドライバー席の…」「…右側にあるべき」と繰り返しながら進みました。

「真ん中の線はドライバー席の右側にあるべき」

  運転すればするほど島の運転に慣れ、一ヶ月もかからず普通に走れるようになりました。1年で国際免許証が切れた時は移動の自由がほしくて、東京府中試験場で運転免許試験を受け、合格しました!リトアニアでも八丈島でも最初は運転することが難しかったですが、努力を尽くしたごほうびはどこでも行ける自信と音楽を聞きながら、綺麗な島をドライブすることの楽しさです!