Asta の日記 DAY 38「最後の日記」

 八丈島の国際交流員として約2年間八丈町役場に勤めて、7月31日をもちまして国際交流員を退任することとなりました。在任中様々な形でリトアニアと八丈島を結ぶ交流を行ってその内の一つは「Astaの日記」でした。日記はリトアニアと八丈島の違い、八丈島に住んで体験した、感じたことを伝えられるところとなっていました。日記を読んでくれた皆さんありがとうございました!DAY38は「Astaの日記」の最後の記事になるため、八丈島で得た大切な思い出・学び事そして成長したことについて書きたいと思います。

海】

 私は今までたくさんの川、湖、海で泳いだことがありました。水で泳ぐことは夏の主な楽しみで、自然の中で体をリフレッシュできることが大好きです。しかし、八丈島に来て、新しい「海を見る」という水の楽しみ方に会いました。シュノーケリングの道具を持って、顔を海に入れて水中の生き物と一緒に泳ぐ楽しさを知って世界そのものが一気に広がりました。

【新しいことに挑戦】

 子供頃ダンスを習った時期がありましたが、それ以外のスポーツなどをあまりやったことがありませんでした。その機会はまさか20代になってから、八丈島で訪れるとは思いませんでした。活発的な人が多い八丈島には色々なサークルがあり、私は太鼓、バドミントン、卓球、フットサル、バレーボール、野球、シュノーケリング、ダイビングまでやってみることができました。どんな分野もメンバーが歓迎してくれて言語が通じない時でも一つひとつ教えてくれたことには感謝しています。何かをやってみたい気持ちがあったら地域の活動にとりあえず参加することを勧めます。

【歌】

 子供の頃から歌手になるのが夢でした。けれども、シャイだったり、機会が無かったりすることでほとんどの歌は私の部屋を出ませんでした。音楽が好きな八丈島の皆さんは私の「歌いたい」に向き合って一緒に歌う場所を作ってくれました。歌を通してたくさんの幸せな思い出ができて最高です。

運転】

 大阪大学で留学していた頃、ある日キャンパスの近くに車を運転している外国人の女性を見かけました。その女性は私が日本で初めて見た運転している外国人の方でした。非常に珍しくて、カッコよかったです。そしてまさか、3年後、私も日本の運転免許を手に入れて、数少ない日本で運転している外国人の一人になると思いませんでした。複雑な試験や手続きに時間がかかりましたが、代わりに自由に日本を車で周れることが嬉しいです。

【ミス八丈島

 八丈島を代表する立場、ミス八丈島になれたことは八丈島での生活を満喫できた大きな理由の一つだと思います。島に関する知識を深め、黄八丈の着付けを学び、島の大きなイベントに参加し、島外の人まで島の魅力を伝えることができて、最初から最後までとても楽しい仕事でした。知らないことや難しいこともありましたが、毎回乗り越えたチャレンジはおもいもかけない成長に繋がりました。皆さんと共に島をPRできてよかったです!

【交流】

 八丈町の国際交流員として母国のリトアニアと八丈島を繋げるリンクを作りたい気持ちが強かったです。そのリンクを作るためにまずは八丈島の皆さんを知る事を心がけていました。仕事とプライベートで色々な人々と関わっている内に八丈島のイメージが頭の中に出来上がり始めて、同時に私を通してリトアニアに興味を持ってくれた人も現れました。交流は一人で作ることではなく、お互いで話して、興味を持って、違う所を受け入れて一緒に新しい思い出を作ることで出来ることだと思います。

 八丈島での数えきれない貴重な思い出や経験はこの日記ではとても書き切れません。日記はこれで最後となりますが、これからも八丈島との縁を活かしてたくさんの人と交流を続けて、語り合いたいです。今までありがとうございました。そして今後ともよろしくお願いします!